交通事業をはじめ、生活サービス、ホテル・リゾートなど多くの事業を展開する東急株式会社(以下、東急)は、LINE公式アカウントやLINEミニアプリを活用したDX(デジタルトランスフォーメーション)をグループ内で推進しています。DX推進の要としてLINEを採用した理由やその取り組みついて、東急経営企画室 マーケティング担当 課長の乗松康行氏(以下、乗松氏)に話を聞きました。
- ユーザーや店舗に負担をかけずに、便利なサービスを提供したい
- グループを横断してデータを活用し、テナント店舗への新メニュー開発の提案やグループの事業拡大につなげたい
- LINE上で通勤客を対象としたスマホサービス「DENTO」、渋谷のまちづくり基盤サービス「どこ渋」を展開
- LINEミニアプリを活用して、「どこ渋」のLINE公式アカウントでモバイルオーダーを実装
- 「DENTO」経由で販売した通勤バスやワーキングスペースの利用チケット数は約2万3,000枚、商業施設などで使えるクーポンの利用数は約2,300枚を記録
- 「DENTO」に登録した会員情報を基にユーザーに最適化した情報を配信し、利用率が上昇
- 「どこ渋」のモバイルオーダー導入により、ユーザー体験の向上や店舗の運営コスト削減に成功
コロナ禍で加速した東急のDX
鉄道事業から不動産事業まで幅広い事業を手がける東急は、多様な顧客接点を組み合わせることで沿線価値や住民の生活価値を向上させるため、これまでもグループを横断したデジタル施策に取り組んできました。
その施策の一環として行っているのが、2019年から始めた東急ストアのLINE公式アカウント運用です。東急ポイントカードの会員情報とLINE公式アカウントを連携し、ユーザーの来店数が増加しました。
しかし、2020年に感染が拡大した新型コロナウイルス(COVID-19)の影響により、東急は鉄道・ホテル事業を中心に大きな打撃を受けます。状況を打開するため、オフラインが主となっていた既存のビジネスモデルをデジタル化する必要が生じ、DXの加速が求められました。
そこで進められたのが、「LINEのユーザーID」を軸にしたグループ各社のデータ連携です。LINEを活用した顧客接点のデジタル化を図りつつ、多岐にわたる顧客情報や行動履歴を集約して管理・分析する狙いがありました。
通勤定期利用者を対象としたスマホサービス「DENTO」
新たなDXの取り組みとして、東急はデジタルサービスを提供しました。その一つが、2021年1月13日から4月28日にかけて行われた実証実験「DENTO」です。
「DENTO」は東急線の通勤定期券の利用者を中心とした新しい働き方を提案するデジタルサービスです。「DENTO」のLINE公式アカウントを友だち追加すると、通勤バスやワーキングスペースの利用チケットの購入、商業施設や映画館で使えるデジタルクーポンの受け取りなど、さまざまなサービスを利用することができました。
LINEのアカウントIDとDENTOを連携すると、アプリをダウンロードすることなくサービスが利用できる
東急は「DENTO」の提供開始時のKPIとして、LINE公式アカウントの有効友だち数1万人(うち定期保有率70%)を設定していましたが、提供終了間際の4月26日時点の有効友だち数は1万8,000人(うち定期保有率73%)と目標を大幅に達成。ユーザー属性を見ると、想定ターゲット層の30~50代に加えて20代のユーザーも多く見られました。さらに、チケットの販売数は約2万3,000枚、クーポン利用数は約2,300枚を記録し、チケット購入者の半数以上がリピーターになるなどの成果が得られました。
「『DENTO』のようなデジタルサービスを導入することで、これまで見えなかった通勤定期券の利用者一人ひとりの動きを把握することができました。ユーザーの登録情報を基に最適化した商品のレコメンド情報なども発信でき、利用率の上昇にもつながっています。また、LINEでアンケートを実施したところ非常に多くの前向きな回答が寄せられ、コミュニケーションアプリであるLINEだからこその即時性と反応率の高さを実感しました」
東急株式会社 経営企画室 マーケティング担当 課長 乗松康行氏
withコロナにおけるまちづくり支援「どこ渋」
「DENTO」と同じく2021年1月に提供を開始したのが、渋谷のまちづくりに貢献するデジタルサービス基盤「どこ渋」です。「どこ渋」ではユーザーに便利な情報を発信するだけでなく、withコロナを意識したCX(カスタマーエクスペリエンス)の創造を目的としています。
「どこ渋」のサービスの一つに、渋谷ストリームや渋谷ヒカリエに出店している飲食店で利用できるモバイルオーダーがあります。LINE公式アカウントを友だち追加すると、LINE上で商品の事前注文から決済まで完結するため、レジに並ぶ必要や待ち時間なく商品を受け取ることができます。
乗松氏は「モバイルオーダーを導入したことで、ユーザーの利便性の向上だけでなく、店舗側に対しても接客コストの削減というメリットが生まれた」と話します。特にコロナ禍においては、ユーザーとの接点の減少がコロナ対策にもつながっています。さらに、モバイルオーダーによってユーザーの注文データが属性と合わせて蓄積されるため、細かいデータの分析が可能になりました。その分析により、東急からテナントに入る店舗に対して新しいメニューの開発や価格設定の提案が行えるようになったといいます。
「これまでの東急では、テナントに出店している店舗のマーケティングを全面支援することはなかったのですが、『どこ渋』によって各店舗の露出を増やして集客を支援したり、データを分析して新商品の開発を提案したり、テナント店舗を支える体制ができつつあります。以前とは異なる新しい事業モデルにつながるのではと期待しています」
このモバイルオーダーを応用し、渋谷ストリームに出店しているDEAN & DELUCAでは、店内飲食時のテーブルオーダーにも「どこ渋」を利用しています。注文時にレジに並ばず客席からオーダーができ、追加注文もしやすいことからテーブルオーダーの利用が増えているそうです。店舗側はレジの利用が減少したことでレジ数の削減を検討するなど、業務効率と顧客単価の向上にもつながりました。
これらのサービスは、株式会社クラスメソッドと連携して個別開発した、自社サービスを無料でLINE上に公開できるウェブアプリケーション「LINEミニアプリ」で提供されています。LINEミニアプリを活用することで、モバイルオーダーや店舗の会員証の表示、順番待ちなどの便利な機能をLINE上に実装できます。
「協力店舗のほとんどはLINEミニアプリを知らなかったのですが、皆さんが普段使っているLINEで手軽に利用できることを説明すると、前向きに導入してもらうことができました。LINE上でサービスを提供できることで、ユーザーにとっても会員情報の登録や別の専用アプリをダウンロードする手間がかからず、心理的ハードルも低くなり、サービス利用の増加につながっています。この利便性は店舗にとって大きな価値になると思います」
2021年5月に新サービス「TuyTuy」もスタート
東急は「DENTO」の実証実験を経て、2021年5月12日から新たなデジタル施策として「TuyTuy」を開始しました。「TuyTuy」は20〜30代のZ世代・ミレニアル世代をターゲットにした環境配慮型サブスクリプションサービスで、東急線のPASMO定期券保有者はモバイルバッテリー、小型電動アシスト自転車、傘などのレンタルないしシェアリングサービスなど、環境に配慮した利便性の高いサービスを利用できます。
「『TuyTuy』はターゲットと同年代の社員が中心になって企画したサービスです。鉄道事業として環境に配慮することは企業理念にも合致していますし、そうした体験をユーザーに提供することで、毎日の移動に付加価値をつけることができるのではと考えています」
今後は「幅広いデータを蓄積・活用していく体制づくり」と「グループを横断したデータ活用で新しい事業を創造する」という2つの枠組みで、DXをより加速させていくと乗松氏は語ります。
「当社はこれまで、クレジットカードによる購入履歴やポイントカードの利用データから顧客理解を深めていましたが、LINEは決済時点の情報しか取得できないクレジットカードと異なり、接点を持ったその後の行動データまで企業側で蓄積できます。LINEを用いることで、より幅を持たせたデータ活用ができること、そして施策の結果やデータをグループ横断で共有し、事業価値を高めていけること。この2つに大きく期待しています」
(公開:2021年7月/取材・文:岩崎史絵、写真:中村宗徳)
※本記事内の数値や画像、役職などの情報はすべて取材時点のものです
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